Nov 3, 2016

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本日の私 (Tôi của ngày hôm nay)

本日の私 (Tôi của ngày hôm nay) 本日の私 この間師匠が私の勤めている店にいらっしゃいました。いらっしゃる前に「師匠」と呼ばないでと注意されたのに、「師匠」という言葉がずっと前私の意識に思い込みました。 それで「師匠」という言葉が小さい店ではっきり大きく鳴りまして、ウェブサイトでコンメントした皆さんは師匠がいらっしゃっていると気が付きました。私が「師匠」と呼ばないとみんなさんもウェブサイトでの写真だけで正しく判断できないはずです。師匠はそうで、なんにをやっても迷惑をかけないように事前に予想できした。そういうこもを師匠により勉強になりました。 前月新店舗の準備のため、会社により店の周りにチラシ配りをやらせられました。チラシ配りと言って、日本での研修の間苫小牧市でチラシ配りのことを思い出しました。その時も今の安食店長にいろいろ世話になりました。 苫小牧市は北海道のセンタが遠く離れて、多くの静かな道、大きな庭の家があります。いくつかの道を歩いて、大きな家のゲートを覗きました。その時、お茶を飲んでいながら、庭を眺めているお祖母ちゃんを見えました。いきなり寂しさが私の心に盛り上がりました。そういう暮らしが本当にほしいのかと自問しました。それは人間のライフについて考えの寂しさです。 自分の暮らしはなんにをやっていますか。終わりのないサークルに巻き込まれ:生まれて、成長、就職、子供出産、死。多くの日本人が働いて、ストレスを我慢できないまで自殺するということを聞いてすごく寂しいです。 一回師匠に「師匠、人間の目的はなんですか。なんのため私たちが生まれましたか」と聞きました。その時師匠が「修行のためで」と返事してもらいましたが、分からなかった。 師匠の答えについてずっと考えて、それで、少しずつ理解するようになりました。師匠の説法をいろいろ聞いて、人間であることの貴重を分かりました。Gampopa聖者は 「人間であることなのに、正法により修まないといっぱい宝の所に行っても素手で帰ってしまった」と教えられました。本当にもったいないと思います。 そういうことについて話して、なぜ師匠が遠いところ、大変なことを超えて、、衆生の教育のため止めるということを分かっています。師匠が衆生の苦しみを深くりかいできたのからです。 「167号手紙」を読んで、師匠の言葉を思い出して、すごく感動いたします。 「あなた達が私を師匠として承認しないと除外して、あなた達を離れないと約束します」と描かれました。 師匠は弟子たちがかわいそうと思いましたので、25年間の修行をまとめて、「法は実際の暮らしだ」という精神を基づき、観音六字真言の6つ音と応して、簡単な6つ方法を総括して、弟子たちに伝えました。 とてもいいこと師匠により勉強になりまして、仕事と暮らしに適用して、マイナー成功になりました。例、声練習についてイントネーション、発音を師匠が教えていただいて、接客とスタッフ教育に適用しました。そのおかげで全部うまくいっています。本当に嬉しくて、今の私になるため師匠経由して仏陀の恩恵を感じられました。 これからもっと有縁のある読者がchanhtuduy.comを読んで、いっぱい宝の所に行って素手で帰えらないように祈ります。 師匠と奥様の健康及び長寿を祈ります。 一切衆生が仏陀の幸せを達成できるように祈ります。 ホーチミン市2016年11月3日 弟子 Mat Thai Duong. Bản tiếng Việt: Thư Sài Gòn: TÔI CỦA NGÀY HÔM NAY – Mật Thái Dương


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